フランスの料理

フランス料理は、16世紀にイタリアよりもたらされ、当初はフランスの宮廷料理でした。ソースの体系が高度に発達していることが特徴で、 各国で外交儀礼時の正餐として採用されることが多いようです。フランス語では「ラ・キュイズィーヌ・フランセーズ」と呼びます。 現在のフランス料理の原型は、ルネサンス期のイタリアから、当時フランスの王であったアンリ2世と婚姻した カトリーヌ・ド・メディシスとその専属料理人によってもたらされたと言われ、ブルボン王朝の最盛期に発達したそうです。 19世紀に入り、アントナン・カレーム、彼の弟子であるジュール・グッフェ、そしてユルバン・デュボワにより大きく改革されました。 それまで多くの料理を同時に食卓に並べていたのを改め、一品ずつ食卓に運ばせる方式を採用したのもこの時期です。 これは、寒冷なロシアで料理を冷まさず供するためといわれ、ロシア式サービスと称されています。 1930年代に、フェルナン・ポワン、アレクサンドル・デュメーヌ、アンドレ・ピックらが、エスコフィエの料理を受け継ぎながら、 さらに時代にあった料理へと改良していきました。ポワンたち3人の理念は、ポワンの弟子であるポール・ボキューズ、トロワグロ兄弟、 ルイ・ウーティエらに受け継がれました。1980年代に入ると、ジョエル・ロブション、ピエール・ガニェール、アラン・デュカス、 ベルナール・ロワゾー、ベルナール・パコーらが、エスコフィエの精神を生かしながら、キュイジーヌ・モデルヌと呼ばれる、 さらに新しい料理を創造しています。

オードブル

オードブルとは、フルコースでスープの前に出される最初の料理。直訳すると「作品の外」で、本作品となる主菜の前または 他に供される料理という意味です。伝統的な西洋料理以外一般では前菜、アペタイザーともいいます。

フランス料理のマナー

ナプキンは全員が着席し、主賓が手にしてから他の人も取ります。途中で中座するときはナプキンを椅子の上に置き、 ナイフやフォークなどは外側から順に使います。とりあえず皿へナイフ・フォークを置く場合は、八の字の形にし、 食べ終わったら、ナイフは刃を内側にして、フォークと共に先を上にして皿に並べておきます。

レストランのガイドブック

タイヤ会社ミシュランが出すガイドブック「ギド・ミシュラン」のレッド・ガイドは、フランスにおけるレストランの指標に 大きな影響力を与えていて、フランスに限らず日本を含めた世界の各都市のホテル・レストランガイドを出版しています。 星の数によって評価を表示しており、最高は3つ星です。

フランスの文化

フランス文化は、社会科学と自然科学と人文科学のフランスで築かれ世界的基準となったメートル法をはじめとする論理と形式と量的基準の 全てを指称します。基本となったのは、ギリシアとローマの文化であり、それを花開かせたカトリック教会です。 フランス文化は、ローマ・カトリックの神学と、理神論の両者の人道的な「自己の尊厳の尊重と他者の尊厳の尊重」を重んずる 「個人主義」の永い伝統と、神のもとにおける人間の平等と共存と博愛思想が基礎にあり、「人間の意志の自由」を打ち立てた 「実存主義哲学」の伝統です。「フランス文化」とは、ローマ以来の伝統であるラテン語文化を受け継ぎ、アカデミーフランセーズによる 規範フランス標準語構築し、その国際語となったフランス標準語による文学と芸術と人文科学・神学・社会科学・自然科学の著作と その伝統を継承して現代に至った先に記述した文化全般を指称します。フランス文化とは人文科学のみに限定できるものではなく、 社会科学と自然科学を包含する概念です。そしてフランス語圏のすべてをも含む国際的文化で、フランス共和国のみに限定されるもの でもありません。

フランスの哲学

中世において神学者のピエール・アベラールは唯名論を唱え、スコラ学の基礎を築きました。後にスコラ学はシチリア王国出身の トマス・アクィナスの『神学大全』によって大成されました。正統カトリック信仰とは異なる立場で南フランスでは 一時グノーシス主義の影響を受けたカタリ派が勢力を伸ばしましたが、アルビジョワ十字軍によるフランス王権の拡張や カトリックによる弾圧によってカタリ派は15世紀までに滅びました。 18世紀には信仰よりも理性を重視する啓蒙思想が発達し、ジャン=ジャック・ルソー、シャルル・ド・モンテスキュー、ヴォルテール、 フランソワ・ケネーらが活躍しました。フランス革命が一段落した19世紀前半にはアンリ・ド・サン=シモンやシャルル・フーリエによって 社会主義思想が唱えられました。彼等の思想は後にカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスによって空想的社会主義と呼ばれました。 同じ頃オーギュスト・コントは実証主義を唱え、実証主義は19世紀後半のラテンアメリカ諸国の政治や文化に大きな影響を与えました。 第一次世界大戦後の戦間期にはアンリ・ベルクソンやジョルジュ・ソレルらが活躍した一方、植民地からはマルティニーク出身の エメ・セゼールやセネガル出身のレオポール・セダール・サンゴールが科学的人種主義によって不当に評価を低く見られていた 黒人とアフリカ文明を再評価する、ネグリチュード運動が提唱されました。 第二次世界大戦後には実存主義哲学が隆盛を迎え、ジャン=ポール・サルトルやマルティニーク出身のフランツ・ファノンは 反帝国主義の立場からアルジェリア戦争に反対すると共に、アルゼンチンの革命思想家チェ・ゲバラのゲバラ主義や毛沢東の 毛沢東主義と共に植民地や第三世界におけるマルクス主義による革命闘争の理論的支柱となりました。 1990年代には、かつてチェ・ゲバラと共にボリビアでの革命運動に参加したレジス・ドブレによってメディオロジーが唱えられ、 また毛沢東派のアラン・バディウが活動し続けるなど、ポストモダニスム以外の哲学のあり方も変化しているそうです。

フランスの音楽

17世紀前半まではイタリアと並ぶ音楽大国として君臨し、オペラを中心に栄えましたが、今日ではこの時期の作品はラモー、 リュリなどを例外として演奏機会は多くはありません。その後、ウィーン古典派からロマン派にかけてドイツ圏の作曲家たちに 押されて奮わなくなり、パリで活躍する作曲家もドイツ人が多くなりました。サン=サーンスを批判したフランクが現れた頃から 独自のフランス音楽を模索する動きが高まり、19世紀末20世紀にかけての「フランス6人組」やフォーレ、ドビュッシー、 ラヴェルらによって一つの頂点を築きました。ポピュラー音楽においては20世紀初頭から1950年代にかけてミュゼットや、 いわゆるシャンソンとして知られる音楽が流行し、エディット・ピアフやイヴ・モンタン、シャルル・アズナヴールなどが活躍しました。 また、ジャズが幅広く浸透しており、アメリカのジャズを元に、独自の音楽性を発展させた形式に特徴があります。 1960年代から1970年代にはアメリカ合衆国やイギリスのロックの影響を受けました。 1980年代以降はフランスの旧植民地から、出稼ぎにやってきた人々や活動の拠点を母国からフランスに移した音楽家も活躍し始めました。

フランスの映画

フランスで映画は第七芸術と呼ばれるほど、深く尊敬を集め親しみある存在です。映画の歴史は1895年のリュミエール兄弟の上映によって 始まり、20世紀初頭には文芸色の強い無声映画が多数作られました。毎年5月には南仏の都市カンヌにおいてカンヌ映画祭が開催され、 世界中から優れた映画関係者が集まり華やかで盛大な催しが行なわれています。