
フランスの都市/パリ
パリ(Paris)は、フランスの首都であり、イル=ド=フランス地域圏の首府です。パリ市内の人口は約219万人で都市圏人口は 約1184万人であり、世界屈指のメガシティです。2010年、アメリカの外交専門誌フォーリンポリシーにより、 ニューヨーク、ロンドン、東京に次ぐ第4位の世界都市に選ばれています。ケスタ地形を呈するパリ盆地のほぼ中央に位置し、 市内をセーヌ川が貫いています。この川の中州であるシテ島を中心に発達したそうです。温かい北大西洋海流と偏西風によって 一年を通して比較的温暖となっていて、西岸海洋性気候の代表的な都市です。パリ市内の地形は、比較的平坦ですが、 標高は最低でセーヌ川沿いの35メートル、最高でモンマルトルの丘の130メートルです。パリ出身者・居住者は男性がパリジャン、 女性がパリジェンヌと呼ばれます。
「芸術の都」という異名が言い表すように、パリは絵画から彫刻、流行、音楽に至るまで、さまざまな芸術の世界的な中心地として 名を馳せています。特に近年はパリコレクションや料理競技会の開催にみられるように、フランスを代表する服飾文化や食文化の 分野で世界的な情報発信地となっています。パリは「芸術の都」「華の都」などと呼ばれてその文化的影響を世界に与え続け、 世界屈指の観光都市ともなりました。そのために1989年の欧州文化首都に選ばれていました。毎年約4,500万人の観光客を受け入れ、 その6割は国外からの人々です。主な集客装置は、歴史的な建造物、数多くの著名な美術品、高級銘柄に代表される流行やグルメ等です。 建造物は、中世以前のものも残りますが、第三共和政期のパリ改造やベル・エポックの建造物、あるいはフランス革命200周年期の グラン・プロジェの建造物など、各時代の世界の最先端のものが多いそうです。美術館には、フランスで活躍した著名な芸術家の 美術品の他、戦利品や購買によって収集された世界一級の収蔵物が並んでいます。
セーヌ川
セーヌ川はパリ市内を横断する川で、世界遺産に登録されています。パリではセーヌ川の北部を右岸、南部を左岸といいます。 パリ市中心部にある川中島であるシテ島は、パリ市発祥の地。シテ島の東にもうひとつサン・ルイ島という島があります。 セーヌ川は重要な運路であり、パリ市内では観光船のほか運搬船も多く行き来します。パリ市東部郊外のごく近い場所でセーヌ川と マルヌ川が合流し、ベルシーからパリに入り、途中サン・ルイ島とシテ島を抜け、アンヴァリッドのあたりで南西に折れ曲がり、 そのまま15区と16区を抜けていきます。パリを抜けた後は蛇行を繰り返し、ノルマンディー地方を経て大西洋へと流れていきます。
ビエーヴル川
13区のトルビヤック地区やゴブラン地区には、セーヌ川の支流であるビエーヴル川という自然の川がかつて流れていたそうです。 エソンヌ県に端を発する小規模な川で、パリ市の直前で暗渠に入ります。今はパリ市内では暗渠として完全に地下化してしまい、 現在の一般の地図上でその存在を確認することは出来ませんが、古地図などでその川の流れを見ることが出来ます。
コンコルド広場
パリの中心部、テュイルリー公園とシャンゼリゼ通りに挟まれて位置しています。歴史ある広場で、フランス革命の後には ルイ16世やマリー・アントワネットの処刑が行われました。現在はツール・ド・フランスの終着点としても知られています。
ヴァンドーム広場
ナポレオン2世の記念柱が立っています。この広場にはサントノレ通りには高級宝石店や高級洋服店が並んでいます。
バスティーユ広場
フランス革命の発端となったバスティーユ要塞があった場所で、要塞は革命後に取り壊されて現在の広場となりました。 広場中央には1830年におきた七月革命の記念柱が立っています。広場に面してオペラ・バスティーユがあり、 サン・マルタン運河出入口のアルスナル港にも面しています。
シャルル・ド・ゴール広場
凱旋門を中心に、シャンゼリゼ通りを含め放射状に道路が伸びていて、パリの顔とも言うべき広場です。 元はエトワール広場と呼ばれましたが、第二次世界大戦後シャルル・ド・ゴール将軍をたたえて現在の呼称となりました。
ラ・ヴィレット公園
広大な敷地内にはサン・ドニ運河が流れています。代表的な建物として、食肉処理場時代の19世紀の鉄骨建築ホールをそのまま 流用したグランド・アール、科学産業都市および音楽都市、ZENITH、パリ国立高等音楽院現校舎などがあります。
ブローニュの森
ブローニュの森はパリの西側に位置しています。16区の高級住宅街パッシーやオートゥイユ、近郊の高級住宅市街に面し、 高級社交場でもあるオートゥイユ競馬場や、凱旋門賞などが行われるロンシャン競馬場なども併設している高級的な雰囲気の漂う森です。
フランスの都市/リヨン
リヨンの近郊にはリヨン市の人口を含め、164万8216人が住んでいて、都市圏としてはフランス第二の規模を持っています。 フランスにおける金融センターのひとつで、多くのフランスの銀行の本店が置かれています。ローマ帝国のガリア属州の 植民市ルグドゥヌムとして古代から栄えた物資の集散地で、中世には市の立つ町としてヨーロッパでも有数の交易地として栄えました。 絹織物の産地としても知られています。旧市街はユネスコの世界遺産に登録されています。 北東から流れ込むローヌ川と、北から流れ込むソーヌ川がリヨンの南部で合流します。ソーヌ川の西側は石畳の街並みの残る旧市街で、 リヨンの象徴サン・ジャン大教会の建つフルヴィエールの丘があります。
リヨンは紀元前43年にローマの植民市ルグドゥヌムとして建設され、2世紀にはガリアの中心都市としてさかえました。 カロリング朝のもとに司教座がおかれ、後の何世紀もの間、大司教に支配され続けました。14世紀初めフランス王国に併合され、 このころから絹織物の交易の一大中心地として発展しました。工業化がはじまった19世紀前半にヨーロッパ最大の絹織物・繊維工業都市と なりました。
リヨンでは毎年夏の夜、フルヴィエールの丘にあるローマ劇場で、フルヴィエールの夜というイベントが行われます。 連日のように、著名なアーティストのコンサートや演劇が催されます。また、毎年12月8日には、光の祭典が行われます。 これは、ペストがアルプス以北の欧州で1348年から1353年に流行した際、リヨンのひとびとがフルヴィエールの丘にある ノートルダム聖堂のマリア像に祈りを捧げたところ、流行が治まったことに由来するといいます。この日の夜はリヨン市内の家々の 窓際はろうそくの灯りで彩られ、建物や道路はイルミネーションで飾られます。
フランスの都市/マルセイユ
マルセイユはフランス最大の港湾都市で、プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏の首府、ブーシュ=デュ=ローヌ県の 県庁所在地です。都市名は古代ギリシア語のマッサリアおよびそのラテン語訳であるマッシリアに由来します。 マルセイユの歴史は古く、小アジアから来た古代ギリシアの一民族であるポカイア人が紀元前600年頃に築いた植民市マッサリアに その端を発します。3世紀ごろ、キリスト教がもたらされました。10世紀にプロヴァンス伯の支配するところとなり、 1481年にはフランス王国に併合されました。19世紀半ば以降には、港湾施設が充実し多くの工業が興ります。 第二次世界大戦ではドイツ軍に占領され、大きな損害を受けましたが、大戦後は大建設計画により高層ビルの多い現代都市に変わりました。
マルセイユの名物料理はブイヤベース。魚をすりつぶしたスープで、もともとは海から戻った漁師の体を温めるためのものでしたが、 今では高級料理となっています。食前酒としてパスティスが好まれています。無色透明のリキュールで、水を注ぐと白濁する。 甘くてアニス風味が強烈ですが、クセになるようです。